第二話
自己紹介が終わり、今後一年間の係を決めたところで今日は解散となった。
フレデリックと共に文化祭実行委員といういかにもおいしい(笑)係になったロックウェルは、帰り仕度をしているフレデリックに話しかけた。
「フレデリック!一緒に帰ろうぜ」
「あぁ、ごめん。なんか先生に呼び出されて職員室に行かなきゃならないんだ」
「まじで。しょうがないな。すぐ終わる?」
「ん〜わからない。先に帰ってていいよ」
「そっか。おっけー。じゃ、また明日な!」
「うん、また明日」
少し残念に思いながらも、編入早々、やることがあるのだろうと察し、ロックウェルは去っていった。
フレデリックも同じく、せっかく仲良くなれるチャンスだったのに、と呼び出した担任を恨めしく思った。なぜ呼び出されたのかはわからないが、ぶっちするわけにも行かないので教科書で重いかばんを肩に担ぎ職員室に向かった。
「失礼します」
ノックしてドアを開け、職員室内を見渡すが、トート閣下らしき人は見当たらない。
「あなた、誰に御用かしら?」
きょろきょろしているフレデリックに声をかけてきたのは、パーマがかった髪を長く伸ばし、何よりその白い肌と大きな黒目がちの目が印象的な美しい女の人だった。
「あっ、あの、トート先生に呼ばれて…」
「…トート先生に?…あなた、もしかして2組の編入生かしら」
美しい眉を寄せ、考えるようなしぐさを取り女性はフレデリックに聞いた。
「はい、フレデリック・コーエンです」
「私はエリザベート。シシィ先生って呼ばれてるわ。そう…あなた編入生だから、何も知らないと思っているのね…」
「?…どういうことですか?」
怪訝な顔をするフレデリックに顔を近づけエリザベートは静かに言った。
「いいこと、今日はもう帰ってしまいなさい。トート先生には私から言っておくから」
「でも…」
帰れるならラッキーだと思いながらも、一応躊躇する素振りをしようとした時。
「その必要はない。…遅くなってしまって悪かった、フレデリック…」
フレデリックの背後に突如人の気配がし、驚き振り向くとトート閣下がめちゃめちゃ近い距離にいた…(汗)
「わっ…トート先生…。いえ、今来たとこなので」
「ちょっと!トート先生。おやめなさいよ」
「何の話だ、エリザベート…。あなたには関係ない。ちなみに…トート先生ではなく、トート閣下だ…」
言うが早く、トート閣下はフレデリックの肩を抱き職員室から出て行った。
「全く…トート先生も困り者だわ」
不安げにトート閣下とフレデリックを見送りながら、ため息を吐き、エリザベートは職員室に戻っていった。
フレデリックは、職員室で話す内容ではないのか、と不審に思いながらもトート閣下はとても怖そうなので大人しく後についていっていた。しかし階段をいくつか上がり、向かう先はなんとなく人気が無くなりフレデリックの不安はますます膨れていった。
「…先生、あの…どこへ?」
「フレデリック…先生ではない…。トート閣下だ、ト・オ・ト・閣・下!!!」
「すっすいません!!(涙)」
「…言ってごらん?」
「……ト…トート閣下…(泣)」
「いいねぇ…(ニヤァリ)」
「……(汗汗汗)」
もう帰りたい…と今更ながら思ったところで、この不思議なお方は帰らせてくれそうもない。階段を上りきり屋上まで来てしまった。
「フレデリック…おいで」
「(いやだ…/汗)……はぁ…」
フレデリックが案内された先は屋上にひっそりと立てられたプレハブのような小さな建物。窓があるが真っ暗で何も見えない。ドアのあたりは錆びれており、不穏な空気をかもし出している…。
「中にはいりなさい」
トート閣下に促され、仕方なくフレデリックはドアノブに手をかけた。ギギィ、といやな音を立てドアが開くと、中に人影が見えるような気がした…が、如何せん電気もついていなく真っ暗なため、はっきりとはわからなかった。
暗闇にフレデリックが目を凝らしていると、背後でトート閣下がドアを閉める音がした。
「トート先生!一体…」
「トォト閣下!!(怒)」
「…トート閣下、一体何のつもりですか(汗)」
「そんなに怯える必要はない」
そういうとトート閣下はドアの横にある部屋の電気のスイッチをパチンとつけた。
…が、あまり明るくはならず、天井から申し訳程度にぶら下がっている豆電球がついただけだった。
フレデリックはその頼りない明かりの中に人影を確認した。
「!?」
フレデリックの視界に入ってきたものは、真っ白い髪を腰まで伸ばし、煌びやかな黒装束に身を包んだ…何人ものトート閣下…のような人物だった。
「うわあぁぁッ!!(汗)」
そりゃぁ驚くであろう、一人いても恐ろしいトート閣下のような人物が何人もいて、更に突然囲まれていたら。
「フレデリック。案ずるな。彼らは私の僕(しもべ)…黒天使たちだ」
「はっ…黒天使!?」
「そしてこれから君の仲間となる者達だよ」
フレデリックが驚く間もなく、フレデリックはトート閣下の僕たちに捕らえられた。
「うわあぁぁっ!なにを…っ!待て!(汗)」
黒天使たちはフレデリックの服を脱がそうとしていた…(汗)
「フレデリック、君は私の黒天使検定選考に見事合格した。君の美しい金の髪を銀の髪にしてしまうのは少々惜しいが…仕方あるまい。さぁ、彼らと同じ黒装束に着替えるのだ」
「…いっいやです(涙)」
フレデリックの抵抗もむなしく、黒天使たちは巧みなチームプレーでフレデリックの四肢を押さえつけ、ブレザーを剥ぎ取った。
「さぁ、これを着るのだ…」
そういってトート閣下はフレデリックに黒装束をぐいぐい押し付ける。
「ちょっ…痛っ…なんかスパンコールが痛いっ(汗)」
両腕を強い力で押さえつけられ、脱出は不可能だったが、大人しく黒天使になるわけにはいかないので(笑)、必死で抵抗する。しかし、五人以上はいそうな黒天使たちに敵うすべも無く、彼らはフレデリックのワイシャツに手をかけた。
「…やっ…やめ…」
その時。まぶしい光が差し込み、フレデリックは思わず目をつぶった。黒天使たちの猛攻も止まり、フレデリックは光の方向を見た。
(何…?黒天使ならぬ、本物の天使か?)
突然ありえない状況に放り出されて少し頭の弱くなったフレデリックは本気でそんなことを思った…。
「クックック…感心しませんね。一人の生徒を寄ってたかっていじめるなど」
フレデリックが見つめる先には一人の背の高い長髪の青年。まぶしさは開かれたドアから差し込む太陽の光だった。
「貴様。何故私の邪魔をする…」
「なぜ?…彼が怯えているじゃありませんか。ここまで見て、引き返すことはできませんね」
「私としてもせっかく見つけた黒天使11号を簡単に手放すわけにはいかな…ブホォッ!!??」
トート閣下は青年に殴られた。
美しく孤を描き、宙を飛ぶ主を見て、黒天使たちは慌てふためきフレデリックを掴んでいた手を緩めた。その隙に、青年はフレデリックのものと思われるかばんを引っつかみ、同じく呆気に取られているフレデリックの腕を引き、引きずるようにプレハブから連れ出した。
「あの…」
青年は振り向かず、フレデリックの手を引き屋上を後にし階段を下りていく。
フレデリックも助けてもらったために邪険に手を振りほどくわけにもいかず大人しく彼の手に引かれた。
二階あたりまで来ると、まだ帰っていない生徒たちがたむろしており、フレデリックを安心させた。
「お前、トートの奴にほいほいついていくなんて、馬鹿のやることだ」
青年がようやく足を止め、振り返って言った。
掴んでいた手を離し、真っ直ぐに射抜く黒い瞳がフレデリックを捉える。
「……」
本当にその通りだと思いフレデリックは言い返すことができなかった。
「でも、無事でよかったな」
そう言うと青年は少し震えているフレデリックの肩を叩き、乱れたワイシャツを直した。
「あ…」
「なんだ」
「鞄、ありがとうございます」
「あぁ」
青年に鞄を持たせていたことに気付き、すみません、と謝り鞄を受け取る。
お礼を言わなければ、と思うが、なんとなくまだ怒られ足りない気がして何も言えずにいた。
「クックック…そんな顔をするな。もう帰るんだろう、行こう」
「あっ…はい!」
はじかれたように返事をし、先に歩き出す青年の後を追いフレデリックも下駄箱へと向かう。フレデリックよりもかなり背が高く、大人びた物腰から三年生だろうと想像していたところ、三年の下駄箱に向かう彼を見て、やっぱり、と少し安心した。とはいっても、一年留学していたフレデリックとは同じ年なのだが。
二人並んで正門に向かう。途中ですれ違う生徒たちのうち何人かが、エドガーに向かって会釈をしていたのをフレデリックは見た。
「あの、俺はフレデリック。2年2組の、フレデリック・コーエンって言います。助けてくれて、ありがとうございました」
学校の門に向かいながら、ようやく落ち着いてきたところでフレデリックが切り出した。
「いや何、シシィ先生に屋上を見てきてくれと頼まれてな。…お前、2年生なのか?」
「はい。編入してきたんです」
あの綺麗な女の先生か、と思い出し、彼女に職員室で会っていなかったらどうなったか…とは想像したくなかった(汗)。
「…なるほど。どーりで。見たことない奴だから、一年生かと思っていたよ」
「これでもあなたと同い年ですよ」
「クックック…ならばもう少し警戒心を持つんだな」
「…以後気をつけます」
はぁ、とため息をつき青年の顔を横目で見ると、楽しそうにフレデリックを見て微笑んでいた。青年の笑顔がフレデリックにはひどくまぶしく見えた。
「あぁ、言ってなかったな。俺はエドガー・ロバートソン。エドガーでいい。一応、生徒会長」
「エドガー…先輩。生徒会長なんですか。道理で皆があなたに会釈していると思ったら」
「ククッ…怖がられてるのさ」
「まさか」
他愛もない世間話をしているうちに、二人は駅に着いた。ショッピングモールに隣接している駅は人通りが激しく、フレデリックをなんとなく急がなければならないような気分にさせた。
エドガーと別れるのを名残惜しく思いながらも、引き止めるのも迷惑だろうし、おかしい、と思い、家はどこですか、なんていうさよならの合図を示す。
「…反対方向ですね。じゃぁ、今日はほんとにありがとうございました」
軽くお辞儀をしてから、鞄から定期を取り出した。
だが相手は改札をくぐろうとはしない。先に抜けるわけにもいかず、エドガーの顔色を伺うように歩みを止めた。
「いやいや、偶然とはいえ、今日お前に会えてよかったよ。どうだ?飯でも食っていくか」
そういいながら、エドガーは後方のショッピングモールを指差した。
「…行くっ行きます!」
「クックック…犬か、お前は。まぁ一応先輩だし、奢ってやるよ」
フレデリックのうれしそうな笑顔に気を良くし、肩に手を回した。そして二人はそのまま人混みの中へと消えていった。